わからないを嫌う脳

中野信子さん『脳の闇』より②

前回の①で話したように、脳は怠惰。
そして、ロルフィングはもちろん、ホリスティック・システムで見つめていくところは、とても大切でありながら、脳が「面倒くさいな」と思うことであることが多い。

というか、おそらく、脳が「面倒くさいな」と思うことがほとんどなのかもしれない!

今回のタイトルは『脳の闇』の中で表現されたまま使わせてもらったんだけれど、脳は極力お休みしていたいため、「わからない」が好きではない。「自由」も好きではなくて、脳としては、誰かに言われるがまま、選択してもらって生活する方が好きな模様。

これって、とてもわかる。

多くの人が「この姿勢が良い姿勢なんですよ」と教えられたいし、
「このエクササイズは、1日に◯分ずつ◯回やってください」と言われることを望んでいる。

脳はその方がきっと楽チン。

「今の姿勢をどう感じているのか意識してみる」とか
「エクササイズにゴールはなくて、自分の身体がどう反応するか感じてみる」とか
そんなことを伝えているホリスティック・システムは、脳的に「面倒くせーな!」のオンパレード。

が、しかし、そういった答えがないことへ意識を向けることはメタ認知の強化にもつながる。

私はよくロルフィングのセッションの中や、ホリスティック・システムのコースの中で質問された時に、

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

という答え方をよくするけれど、これは決して逃げているわけでもなく(そういうこともあるかもしれない笑)、答えが1つだと思っていない、ということが挙げられる。

人の身体に接する仕事をしていると、身体の構造においても、機能においても、感覚においても、言語においても、驚くほどバラエティーに富んでいるのを目の当たりにするから。

答えがわからないことの大切さについては『からだの正解、動きの正解』でも触れたけれど、『脳の闇』の中でも

・あいまいにしておくという解決法をもっておくのは重要
・わからなさとの共存
・「わからない」を受容することが長期的に見れば自分と自分の大切な人を守るための有効な手段たりうる
・わからないを抱えておく知力を多くの人が持ち得る世界が訪れてほしいと願う

などと記載されている。

そう思うと、「わからない」を抱えておく知力を、ロルフィングやホリスティック・システムでも高めているんだな、とちょっと嬉しい。

そうういえば、安田登さんの『日本人の身体』の中でも、からだというのはあいまいなものだった、とあった気がするな。あいまい、って悪くない。

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