日常の動きに繋げていくこと。
これは、私がロルフィングから学び、そしてロルフィング、ピラティス、動きの指導者のための講座に至るまで、全てにおいて大切にしていることです。
俳優の樹木希林さんも「人間を描くには日常の事をやっておかないと」というようなことをおっしゃっているのをテレビ番組の特集か何かで耳にしたことがあります。
私は役者ではないけれど、身体のあり方として、とても共感したことを覚えています。
特別な場面でだけ何かを演じるのではなく、普段どう生きているか。その積み重ねが、ふとした動きや振る舞いに現れる。
日常生活の中には、日々繰り返し行う動作も多くあります。私はそれらをしている時、「お坊さんが毎朝お寺の掃除をしているのと同じだなぁ」と思ったりするわけです。ある意味、修行の一環というか。
私が特にそれを感じるのは、毎朝、食洗機の中の食器を棚に戻す作業をしている時。毎日のように食事を作り、お皿に乗せて、食べて、洗って、片付けて、またお皿を出す。食洗機にそのままにして、そこから取る、ということもできるけど、棚に戻す作業になぜか私は「お坊さんが朝早くの静けさの中掃除をしている姿」を感じてしまう。朝の静かな時間にやってるからなのかもしれません!がちゃがちゃ音を立てないように、片付ける効率なんかも考えながら丁寧に戻していく。
そんな時、身体は同時に丁寧に扱う必要が出てくるし、いやでも手のひらの感覚もしっかり使い、上の方の棚に戻すに至っては、腕の運動にもなっています!笑
日常の全部を全部丁寧に生きてるわけでは全然ないけれど、ふとした日常の中に自分が出るのであれば、ふとした日常の動作が少し変わることは自分の変化にも繋がるのでは、なんて思います。
*この文章は私がnoteに書いた「日常生活の動きは嘘をつかない」からの抜粋です。全文はこちらからどうぞ*